ゼロの愛人 第12話 |
バターを引いたアツアツのフライパンに塩とホワイトペパー、牛乳を加え溶きほぐした卵液を入れると、じゅわっといういい音と共に次第に熱が通っていく。手早くかき混ぜ形を整えると、それをあらかじめ用意していたバターライスの上にのせる。乗せたオムレツの中心を包丁で切り開くと、ふわとろな卵がバターライスのうえでふわりと広がった。 そしてその上にキノコを入れたデミグラスソースをたっぷりかける。 食欲をそそる完璧な出来栄えに、思わず口元に笑みが浮かんだ。 「よし、出来たぞ。持って行ってくれ」 キッチンから声をかけると、「はーい」と返事をしたカレンが皿を取りに来た。今のが最後の皿だったので、使っていたボウルやフライパンを手早く洗うと、皆が待つ作戦会議室・・・という名の談話室へ向かった。 会議机が並べられ、何人もの人間がそこに座っている。 皆の前には今作ったばかりのデミソースがかかったオムライスが置かれていた。 どれもこれも完璧なふわとろ具合で、ルルーシュは満足げに頷くと席に座った。 「待たせてすまなかった。冷めないうちに食べてくれ」 「「「いただきまーす」」」 皆スプーンを手にとりオムライスを口に運んだ。 「おいしいっ!!」 カレンは嬉しそうに声を上げた。 「それはよかった」 周りからも、美味しい美味しいと嬉しそうな声が上がり、幸せそうに頬張る姿を見ると、思わず顔が緩んでしまう。そしてルルーシュも皆に遅れて口をつけた。 うん、いい出来だ。 「ほんとに美味しいよ、さすがルルーシュだね。こんなに美味しいオムライス初めてだよ!・・・いいなカレンは。いつもルルーシュの手料理、食べてたんだ」 歓喜に満ちた賞賛の言葉の後みるみるとテンションが下がり、若干不貞腐れたような声で、スザクは若干上目遣いで、隣りに座るルルーシュをじっと見つめた。 「なんだ?その量で足りないのかお前」 ルルーシュは小首を傾げて尋ねた。 カレンとスザクは肉体派だ。 動く量が多いため、バターライスの量は他の者の倍。サラダも倍用意した。 こんもりと山を作った皿を見て、この量でさえ普通は胃に入らないだろうと思うのだが。 「そう言う意味じゃないよ」 ガッカリしたように眉尻を下げ、スザクはスプーンを動かした。 その様子に、周りは苦笑を洩らす。 どういうことだと、ルルーシュは再び首を傾げた。 笑顔の絶えない和やかな食卓。 C.C.もカレンもロロも咲世子も。 俺の作った料理をおいしいと皆笑顔で・・・。 「・・・って、違う!間違っているぞ!だから!どうして!この状況に不自然さを感じないんだお前たちは!!」 突然の怒鳴り声に、皆ポカンとした顔でルルーシュを見た。 「この状況って?」 「お前だこの馬鹿!何で平然とラウンズであるお前がここにいるんだこの馬鹿が!」 しかもなんで普通に混ざってるんだ! 「バカバカって・・・酷いよルルーシュ」 眉尻を下げ、うるうるとした瞳と悲しげな表情+上目づかいで見つめられ、ルルーシュは言いすぎたかと、少し心が痛んだ・・・が。 「ちっ、違うだろう!」 寸での所で気を持ち直した。 「今完全に流されかけたわね」 「さすが二重人格騎士だな」 呆れを含んだカレンとC.C.の言葉は無視し、ルルーシュはスザクへ向き直った。 「ここは黒の騎士団の・・・ゼロの拠点である蓬莱島だ」 「知ってるよ?」 キョトンと愛らしい表情で小首を傾げてくる。 くそ、ふわもこ頭に爽やかな笑顔は卑怯だ。 まるで頭の悪い飼い犬に物を教えている気分になる。 ああくそ可愛い。 馬鹿な子ほど可愛いというのはホントだな。 一番可愛いのは当然ナナリーだが、ナナリーは断じて馬鹿では無い。 しかもこんなスザクを見るのは久しぶりだから余計に惑わされる。 今のお前は無表情で冷たい眼差しを向け、目があった時だけ取り繕った笑顔を向けてくるだけのはずだ!そんな顔で笑うな! 「・・・つまりだ、皇帝の騎士であるお前がここにいるのはおかしな話だろう。食事が終わったらすぐにここを出て日本に戻れ」 「でもそれだと、総督であるナナリーがこの島にいるのもおかしな話になるから、ナナリーを連れて帰れってことかな?」 にっこりと、それはそれはいい笑顔でスザクが言った一言で、ルルーシュの思考はいったん停止した。 何と言った?この男は? 「・・・ナナリー、皇女殿下も来ているのか?」 聞き間違いかもしれない。だから念のため確認すると、スザクは笑顔で頷いた。 「うん、連れて来ちゃった」 「・・・連れて来ちゃった、じゃないだろう!ナナリー、皇女殿下は今どこに!?」 この島にブリタニアの皇女だと!? 冗談にもほどがあるだろうに! この馬鹿スザクが! ええい、落ち着け俺! これもスザクの策略かもしれない。 俺は一市民にすぎず、皇族のナナリーと面識はない。 悟らせるな! あくまでも他人事として処理するんだ! 「ああ、ナナリーならラクシャータに預けてきた」 あっさり言ったのは逆隣に座るC.C.。 「・・・預けて、きた、だと?」 「ああ、私が預けてきた」 おまえな・・・と、今度はC.C.へと体を向け、スザクに見えないように注意しながらぎろりと睨みつけた。ナナリーを保護するならわかるが、なぜ黒の騎士団に預けるんだと目で訴えるが、C.C.は表情を変えること無く見つめ返してきた。 「・・・私が前々から思っていたことなんだが、今のブリタニアの医療技術はすさまじい。マオの例もある様に、あれほどの大怪我でも短期間でほぼ回復した。・・・それこそ、軽く走れる程度までな。そんな技術がありながら、どうしてナナリーはいまだに歩けないのだろうと」 「いかに技術が発展しようと、治せるものと治せない物が」 「ナナリーの足は、治せるに分類されるものだ」 ルルーシュの言葉を遮り、C.C.は無表情のまま断言した。 「なんだと?」 声に怒りがこもりそうになるのを押さえたせいか、声が僅かに裏返った。 チッ、スザクがいるというのにこの魔女め。 心の中で盛大に舌打ちをする。 「お前は疑っていたはずだ。ナナリーの足を治せる技術が存在するはずなのに、なぜ治らないのだと・・・答えを教えよう、ルルーシュ」 疑っていた。ああ、疑っていたさ。許されるなら他の病院に、とも考えていた。ただ、この血は特殊で、血液検査をされると厄介だから身動きが取れなかったのだ。 アッシュフォードの関係者がいる病院以外行くことなどできはしない。 「答え、だと?」 「アッシュフォードは知らない事だが、ナナリーの通院していた病院は、シャルルの息がかかっていた」 その言葉に、ルルーシュの瞳は冷たい光を宿しスッと細められた。 「お前たちが日本で生きている事など、シャルルはとうの昔に知っていた。だからこそ、ナナリーの治療を行わないよう、医者に命令していたのだ。ギアスと言う逆らいようのない力でな。そう、ナナリーが重傷を負ったあの時と同じように」 頭に血が上るのを感じた。 どうしてそんな事を!と、C.C.に問いただしたいところだが、背中側にはスザクがいる。この会話も、きっと冷たい目でこちらを見つめながら分析しているに違いない。俺がゼロなのかどうかを。喉まで出かけた言葉を呑みこみ、努めて冷静だと装った。 「皇帝が、ナナリー皇女殿下の足を治さない理由は俺には解らないが、それとラクシャータに預ける理由が繋がらない」 「ラクシャータには、皇帝の息は掛かっていない。つまり、ナナリーを治すならば、反ブリタニア勢力の医療関係に秀でた者の協力が必要だ」 だから預けた。それだけだと、C.C.はオムライスを口にした。 C.C.がピザピザと煩かったため彼女の分にだけチーズが入れられており、とろりと溶けたチーズがスプーンから零れ落ちた。 「ルルーシュ」 背後から掛かった声にハッとなる。 怪しまれたか?いや、大丈夫なはずだ。 そう考えていると、スザクはルルーシュの背中を宥めるようにさすった。 「無理しないでいいよ。君がゼロなのはもうわかってるから」 穏やかで、優しい声だった。 ・・・騙されるな。 スザクを信じることなどできない。 「俺がゼロ?何を言っているんだスザク?」 振り返り、笑みを乗せてそう言うと、スザクは困ったような顔をした。 「うーん、じゃあ言い換えるよ。ルルーシュ、君がゼロなんだ」 きっぱりと断言された言葉に、聞き間違いじゃないだろうかと目を瞬かせた。 「・・・は?」 「だからね、君は覚えていないかもしれないけど、君が、ゼロなんだよ。黒の騎士団の総司令ゼロは君だルルーシュ」 「・・・いや、スザク、ゼロは・・・」 「君が君でいる間動いてたゼロは影武者でしょ?」 「いや、スザク、それは」 「ルルーシュ、もういいのよ隠さなくて。スザクもC.C.も、いい加減ルルーシュで遊ぶのやめなさいよ、可哀そうじゃない」 カレンは苛立たしげにスザクを睨みつけ、不愉快そうに言った。 「ルルーシュ。そいつ、ランスロットを使ってナナリーちゃん誘拐してきたから、もうブリタニアの騎士でも何でもないんだからね」 「はあ!?」 あり得ない内容に、ルルーシュは軽く目眩がした。 |